
「私生活上の非行等と懲戒解雇」
質問
私は,休日私用で自動車を運転中,事故を起こし,相手にけがを負わせてしまいました
この事故は刑事事件になって,会社に知られるところとなりました。上司には,懲戒解雇することになるといわれています。
確かに事故を起こしたのは悪かったとは思いますが,仕事と関係ないことですから,私は納得できません。
このような私的行為を理由とする解雇も有効なのでしょうか。
質問者のおこした交通事故は,仕事とは無関係な,私生活上の領域における行為に起因するものであり,たとえばタクシー運転手が業務遂行中に起こした交通事故とは,別個に考えるべき性質のものです。
しかし,実際には,労働者が職場外において行った,職務遂行とは直接関係のない行為であっても,就業規則の「不正不義の行為を犯し,会社の対面を著しく汚したとき」「特に不都合な行為をしたとき」「犯罪行為を犯したとき」など,会社の名誉,信用,体面の毀損や従業員としての不適格性を懲戒事由とする条項に該当するとして,解雇等の懲戒処分がなされることがあります。
就業規則に 懲戒事由のひとつとして,「私生活上の非違反行為や会社に対する誹謗中傷等によって会社の名誉信用を傷つけ,業務に重大な悪影響を及ぼすような行為があったとき」等と明記している企業もあるでしょう。
ほかにも,判例で私生活上の非行等が争われた類型としては,政治的な主張や活動に関する行為,勤務先企業に対する批判,情交行為,破廉恥行為など多岐にわたっています。
このような理由で労働者を懲戒処分にすることは,許されるのでしょうか。
私法上の非行を理由とする解雇の有効性判断について,裁判所は総じて慎重であり,解雇を無効とした事例が多くを占めています。
ここでは,犯罪行為を理由とする懲戒解雇の是非が争われた判例を中心にみてみましょう。
横浜ゴム事件(最高裁判所1970(昭和45)年7月28日第三小法廷判決・最高裁判所民事判例集24巻7号)は,住居侵入罪に問われた従業員に対し,賞罰規則所定の「不正不義の行為を犯し,会社の対面を著しく汚した者」に該当するとしてなされた懲戒解雇の有効性が争われたケースです。本件は,私生活上の非行と懲戒処分に関する,はじめての最高裁判決です。
同事件において,最高裁は,「労働者は,労働契約を締結して雇用されることによって,使用者に対して労務提供義務を負うとともに,企業秩序を遵守すべき義務を負う」と判示して,企業秩序維持義務が労働契約の締結に基づき負担する義務であることを明確にした上,「職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても,企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものであるのであるから,使用者は,企業秩序の維持確保のために,そのような行為をも規制の対象とし,これを理由として労働者に懲戒を課することも許される」と判示し,私生活上の行為であっても企業秩序維持義務に違反する場合には懲戒の対象になることを確認しています。
しかし,本件の解雇の有効性については,問題となった行為は,会社の組織,業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行われたものであること,労働者の受けた刑罰が罰金2,500円の程度に止まったこと,労働者の職務上の地位も蒸熱作業担当の工員ということで指導的なものでないことなどの諸事情を勘案すれば,労働者の右行為が,使用者の体面を著しく汚したとまで評価できないとして,本件解雇を無効と判断しています。
日本鋼管事件(最高裁1974(昭和49)年3月15日判決・最高裁判所民事判例集28巻2号)は,立川基地拡張のための測量阻止行動(いわゆる砂川事件)に加担し逮捕起訴された従業員を,「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」との条項に該当するとして懲戒解雇したという事案です。
最高裁は,当該行為が破廉恥な動機や目的に出たものではないこと,罰金が2000円という比較的軽微なものであること,不名誉性はさほど強度ではないこと,従業員が3万名を擁する大企業であること,従業員の地位が一工員にすぎないことなどの諸事情を考慮した上で,いまだ懲戒解雇又は論旨解雇事由としては不充分であると判断しています。
同判決が,当該行為により会社の社会的評価が若干低下したと認定したにもかかわらず,懲戒解雇は無効であると判断したことからも,やはり裁判所が懲戒権の発動につき,より制限的かつ慎重な姿勢をとっていることがうかがえます。
次に,解雇が有効とされた判例を見てみましょう。
小田急電鉄事件(一審 東京地裁2002(平成14)年11月15日判決・労働判例844号,二審 東京高裁2003(平成15)年12月11日・労働判例867号)では,電車内でのちかん行為を理由としてなされた懲戒解雇の有効性が争われた事件です。
この判例では,一審,二審ともに解雇を有効と判断しました。その理由として,ちかん行為がたびたび行われていること,使用者の業務の内容が鉄道会社であったことから,会社の名誉,信用その他の社会的評価の低下毀損のおそれがあるとされ,解雇が有効とされています。
これまで見たように,判例では,使用者の業務の内容,犯罪行為の内容・悪質性,それに対してなされた処分の程度,従業員の地位などから,当該行為の職務に対する具体的な影響が判断されています。
最後に,その他の私生活上の非行等が懲戒事由として問題になった裁判例をみてみましょう。
男女関係を理由とするものとして,繁機工設備事件(旭川地裁1989(平成元)年12月27日判決・労働判例554号)では,女性労働者が妻子ある同僚と恋愛関係になったことが「素行不良で職場の風紀・秩序を乱した」にあたるとしてなされた懲戒解雇の有効性が争われました。裁判所は,「『職場の風紀・秩序を乱した』とは,これが従業員の懲戒事由とされていることなどからして,債務者の企業運営に具体的な影響を与えるものに限ると解すべきところ,前記認定の債権者及び乙山(注・同僚男性)の地位,職務内容,交際の態様,会社の規模,業績等に照らしても,債権者と乙山との交際が債務者の職務の風紀・秩序を乱し,その企業運営に具体的な影響を与えたと一応認めるに足りる疎明はない」として,解雇を無効と判断しました。
(弁護士 根英樹)
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